後天性血友病
後天性血友病は、膠原病や悪性腫瘍、分娩などがきっかけとなって、後天的に血液凝固第Ⅷ因子(FⅧ)に対する自己抗体(インヒビター)が出現し、FⅧの活性が著しく低下することで、突発的な皮下出血や筋肉内出血などの出血症状を来す自己免疫疾患である。まれに、後天的に血液凝固第Ⅸ因子(FⅨ)に対するインヒビターが出現する後天性血友病Bも報告されているが、ほとんどが、FⅧの機能低下による後天性血友病Aである。
後天性血友病の発症はまれで、2001年~2002年に行われた英国の全国規模調査では、100万人あたり1.48人の発症率であることが報告されており、わが国における3年間のコホート調査で報告された後天性血友病患者数は55例であった1)。また、国内の患者では、性差は認められず、発症年齢は12~85歳(中央値:70歳)と幅広いが、50歳以上が90%を占めており、小児の発症はまれである1)。後天性血友病における年齢分布の特徴として、20~30歳代で、分娩発症に関連すると考えられる女性優位のピークがみられ、高齢者とともに二峰性の年齢分布をとっている1)。
FⅧの活性レベルの程度によって重症度が異なる先天性血友病Aと異なり、後天性血友病では、FⅧの活性レベルと重症度は一致しない。出血症状のない人が突然、重篤な出血症状を発現することが多く、重篤な出血と重症感染症による発症早期の死亡が多く認められる1)。
先天性血友病Aと後天性血友病Aの検査結果は同じであるが、先天性血友病Aを診断する際、FⅧの活性低下が先天性の欠乏によるものか(先天性血友病)、もしくはインヒビターによるものか(後天性血友病)、クロスミキシング試験によって凝固因子インヒビターの定性を行い、鑑別診断する必要がある。
女性血友病
X染色体を2つ持つ女性では、2本のX染色体(対立遺伝子)のうち、血友病の病因遺伝子変異を持ったX染色体をXmとした場合、血友病に関連する性染色体は「XXm」もしくは「XmXm」の2つが考えられるが、まれではあるものの、血友病男性患者と保因女性によって「XmXm」が生まれた場合には「女性血友病」になる。また、まれではあるが、X染色体がモノソミーのターナー症候群(Turner syndrome:TS)や、いくつか、性染色体異常の女性血友病もある。令和2年度(2020年)の血液凝固異常症全国調査では、わが国の女性血友病の患者数は、血友病Aが67人、血友病Bが30人であった2)。
一方、ほとんどが、2本のX染色体のうち、血友病の病因遺伝子変異を1本持つ「XXm」の染色体で生まれ、その場合は保因者(carrier)となる。通常、保因者は無症候性であるといわれているが、保因者の約1/3は凝固因子の活性レベルは正常の60%未満3)で、軽症の男性血友病と同様、もしくは女性特有の出血症状として、月経過多や産後の異常出血、皮下出血や鼻出血などの経験がある保因者が少なくないことが報告されている(表)4)。また、保因者(carrier)は、血友病患者の数倍いるとみなされていることから4)、近年、欧米において、出血症状のある症候性保因者を「女性血友病」と捉えようという働きかけが始まっている。
表 保因者における出血
出血症状 | 割合 |
---|---|
月経過多 | 23~50% |
産後の異常出血 | 22~43% |
皮下出血 | 19~67% |
術後の異常出血 | 28~69% |
鼻出血 | 8~43% |
抜歯後の異常出血 | 21~77% |
関節内出血 | 8% |
西田 恭治. Land-Mark in Thrombosis & Haemostasis. 2021; 2(1): 39-42.より一部改変
~ライオニゼーション(lyonization)と血友病~
X染色体を男性は1本だけ持っているのに対し、女性は2本持っている。ライオニゼーション(lyonization)とは、男女のX染色体数の不均等を補正するために、女性が持つ2本のX染色体のうち、1本が不活化される現象のことである。このX染色体の不活化は、細胞ごとにランダムに選んだ一方を不活化するため、血友病の保因者である女性では、平均すると正常なX染色体と血友病の責任遺伝子をのせたX染色体がほぼ半分ずつ不活化される(正常な細胞と異常な細胞を平均した効果で、凝固因子の活性は現れる)。この場合、理論上では、保因者の凝固因子活性は50%になることを示している(関節内出血や筋肉内出血などの重度の出血症状を認めない)。しかし、保因者全員がそうなるわけではなく、中には、X染色体の不活化に偏りが生じて、正常なX染色体が高率に不活化されてしまった結果、凝固因子が非常に低いレベルになり、重度の出血症状を来す場合があり、血友病と診断される。
ちょっと寄り道COLUM
三毛猫の毛はなぜまだら模様?
X染色体の不活化(ライオニゼーション)は、三毛猫のまだら模様の毛の色(白・黒・茶)で観察することができる。三毛猫の毛の色は、X染色体上にある茶黒遺伝子によって決定される。細胞ごとにランダムに選んだ一方のX染色体を不活性化するライオニゼーションによって不活化されたX染色体が異なるモザイク状になるため、茶色と黒色のまだら模様になる。
出典)
1)後天性血友病A診療ガイドライン作成員会. 一般社団法人日本血栓止血学会. 後天性血友病ガイドラインA 診療ガイドライン 2017年改訂版.
2)公益財団法人エイズ予防財団血液凝固異常症全国調査委員会. 血液凝固異常症全国調査. 令和2年度報告書. 公益財団エイズ予防財団(2021).
3)世界血友病連盟(WFH). 血友病保因者と女性血友病. 2012.
http://www1.wfh.org/custom/www.wfh-japanese.org/B01_Carriers-and-Women-with-Hemophilia-1.pdf
4)西田 恭治. Land-Mark in Thrombosis & Haemostasis. 2021; 2(1): 39-42.
参考)
後天性血友病A診療ガイドライン作成員会. 一般社団法人日本血栓止血学会. 後天性血友病ガイドラインA 診療ガイドライン 2017年改訂版.
医薬情報科学研究所編. 病気がみえる vol.5. 第2版、メディックメディア、東京、2019.
石黒 精ほか編. はじめての血友病診療実践マニュアル. 診断と治療社、東京、2012.
西田 恭治. Land-Mark in Thrombosis & Haemostasis. 2021; 2(1): 39-42.
世界血友病連盟(WFH). 血友病保因者と女性血友病. 2012.
http://www1.wfh.org/custom/www.wfh-japanese.org/B01_Carriers-and-Women-with-Hemophilia-1.pdf
篠澤 圭子. 血栓止血誌. 2015; 26(5): 549-556.